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豊川稲荷と伏見稲荷の違いを探って知った歴史的背景に驚き!

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愛知県豊川市に豊川稲荷は伏見稲荷と共に日本三大稲荷の1つとされています。
(三大稲荷については諸説あります。)

そこで他地域の人によく聞かれるのが豊川稲荷と伏見稲荷の違い。

私にとっては子供の頃からの遊び場でもあったわけですが、大して知ってるわけでもなく。。
地元民なのに……(>_<)

と、ちょっと情けなかったので、調べてみました。
そうしたら知れば知るほど豊川稲荷の魅力が見えてきましたよ!!

豊川稲荷ってある意味とっても不思議で貴重な場所なんですね。
伏見稲荷との違いも含めてまとめてみました。

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豊川稲荷と伏見稲荷の違いは?

豊川稲荷と伏見稲荷の一番の違い…それは

神社か寺院かの違いです。

伏見稲荷は「伏見稲荷大社」というように稲荷神を祀る神社です。
そして豊川稲荷は「稲荷」という名前で呼ばれていますが、正式には「豊川閣妙厳寺(とよかわかくみょうごんじ)」
妙厳寺という曹洞宗のお寺です。

でも、豊川稲荷の境内には鳥居も立ってます。
寺なのに神社にある鳥居も立っている。
さらに日本三大稲荷の1つともされている。

ますます
豊川稲荷ってお寺?神社?どうなってるの??

………と混乱します( ̄▽ ̄)

 

実は、この寺院でありながら神社の形態(?)も残すところは歴史的にも珍しくとっても貴重でした!

 

豊川稲荷が稲荷と呼ばれるワケ

豊川稲荷は日本三大稲荷の1つとされていますね。

日本三大稲荷のトップは京都の伏見稲荷大社です。
神道上の稲荷神の総本宮ですね。
赤い鳥居がズラーっと並ぶ写真を一度は見たことがあるはず。
外国人に人気のスポットといえばわかるはず!

一般的に稲荷神社とは、"稲荷神"を祀る神社のことをさします。
(狐は稲荷神の神使や眷属です。)

日本三大稲荷は
「伏見稲荷大社、笠間稲荷神社、祐徳稲荷神社」を日本三大稲荷とする説
「伏見稲荷大社、豊川稲荷、最上稲荷」を日本三大稲荷とする説があります。
ところが、豊川稲荷と最上稲荷は寺院なんですよね。

豊川稲荷が祀っているのは、稲荷神ではありません。
荼枳尼天と呼ばれる夜叉神です。
人の心臓を食べる神だそうです:(;゙゚'ω゚'):
(本尊は千手観音菩薩ですが、ここではややこしくなるため割愛します。)
昔には神仏習合思想と言って、宗教の神や教義の一部が混同・同一視されることがありました。
天は狐に乗ると考えられていたため、稲荷神と同一視されるようになったようですよ。

また、豊川"稲荷"と呼ばれているわけは、
豊川稲荷が祀っている豊川吒枳尼真天(とよかわだきにしんてん)の"稲穂を担いだ姿"からそう呼ばれるようになったとも言われています。

 

豊川稲荷のご利益は?

豊川稲荷は戦国時代には三河領主の今川義元や徳川家康から外護を受けてもいます。
(今川義元のお墓は豊川駅隣の牛久保駅近くにあります。)
織田信長や豊臣秀吉も信仰していたと書いているところもありますが、これははっきり確認が取れているわけでは無く、噂が一人歩きしてるとこもあるみたい。

江戸時代になると稲荷が商売繁盛の神と公認され、庶民からも信仰されるようになっていきます。

また、あの名奉行 大岡越前守「大岡忠相」が晩年に三河の藩主となり信仰していたので、立身出世の神としても庶民の間で広まったようです。
大岡越前守といえば忠臣蔵でもでてきますね〜。

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そして豊川稲荷含め稲荷信仰は、庶民からも商売繁盛、立身出世にご利益があると信仰が広まっていきます。
豊川稲荷といえば、商売繁盛・立身出世にいいとされていますね。

豊川稲荷のピンチ!宗教弾圧の的になる

庶民の間にも広まっていった稲荷信仰。
が明治時代になり、明治政府による神仏分離政策が始まります。
神仏分離政策、中学か小学校の日本史の授業でも習いましたよね。

日本では長らく神道と仏教が習合し、それが当たり前のことになっていました。
ですが明治政府は、神道を国教にするために無理矢理神道と仏教に分けようとしたんですね。
お寺が神社に改変されたりしました。
信仰までも政府などによって改変や捏造されてしまったところもあるようです。

豊川稲荷もこの神仏分離政策の際に的になり、
「妙厳寺」と荼枳尼天を祀る「荼枳尼堂」と分離されそうになっています。
境内にある鳥居も明治政府によってすべて撤去されてしまいました。
豊川稲荷は「あくまでも祀っているのは仏教系の守護神荼枳尼天。稲荷明神ではない!」
と分離されることに抵抗をしました。
ちなみにこの時、明治政府との間に入ったのが当時の藩主「大岡忠相(もと大岡越前守)」だそうです。
このときにも大岡名裁きが?!…あったかどうかはわかりませんが(^^;
結果として、豊川稲荷は分離されずに済みました。

明治時代に多くのお寺や神社が改変されていった中で、
豊川稲荷は現在も昔の信仰がそのままのかたちで残されているんです。
戦後には再び境内に鳥居もたてられました。

もし、豊川稲荷も神仏分離されていたら今頃は妙厳寺と稲荷神社と2つあったのかもしれませんね。

 

まとめ

稲荷信仰にもいろいろな形があり、
豊川稲荷は仏教的稲荷で、祭祀者は神職ではなく僧侶・修験者。
荼枳尼天を祀っている稲荷信仰のお寺、なんですね。

結局、明治政府は神道の国教化に失敗してます。
今でも日本は、大晦日にはお寺の除夜の鐘を聞いて元旦は神社に参拝に行ってますね。
神も仏もごちゃ混ぜのまま。

ほとんどは明治時代に神社と寺院を分けられてしまったから、寺にも行って神社にも行く行為が余計ヘンテコに感じます。
もともと日本では仏教も神道も同一視されていたことを考えれば、(それが日本の"スタイル"だったんですね)
境内に除夜の鐘も鳥居もある豊川稲荷は、昔の日本の"当たり前"がそのまま残っている貴重な場所と言えそうです。

《豊川稲荷周辺のスポット情報》
●徳川家康によって植えられた御油の松並木の詳細な地図や口コミはこちら(楽天たびノート)
●ご当地のおいしいものが揃ってる赤塚パーキングエリア(下り)の詳細な地図や口コミはこちら(楽天たびノート)

【施設情報】
豊川稲荷(豊川閣妙厳寺)
住所:豊川市豊川町1番地
電話:0533-85-2030
御祈祷受付時間:AM6:00~15:30
御祈祷料金:お1人様3000円~
参篭(宿泊/朝夕食付):お1人様8000~

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